任天堂から学ぶ『成熟市場で顧客の心を掴む秘訣』

  ※ベンチマーキングとは、
   「他社の優れている点を学び、自社に活用する」
   という経営手法です。

   本コラムでは、高い業績をあげている企業の「ベストプラクティス」を探り、
   御社の企業経営・マネジメントに活用できる内容をお届けします。


 ●任天堂から学ぶ「成熟市場で顧客の心を掴む秘訣」

  今回は、「Wii」や「ニンテンドーDS」などの大ヒット商品で有名な
  任天堂の事例をご紹介し、「成熟市場で顧客の心を掴む秘訣」に
  ついてお伝えしていきます。

  年々ゲーム離れが進む成熟市場において、
  任天堂が開発した「Wii」「ニンテンドーDS」は
  ゲーム機史上、最速の販売記録を樹立しました。

  ※「Wii」が販売台数5000万台、「ニンテンドーDS」が販売台数1億台を
    最速で突破しました(2009年3月ニュース)

  その結果、リーマン・ショック後の世界不況にもかかわらず
  2009年3月期の決算では任天堂の過去最高となる売上1兆8386億円、
  純利益2790億円を記録しました。

  任天堂がどのようにして、縮小する市場の中で
  かつ世界不況の最中において過去最高売上・純利益を
  達成するほどの新商品を生み出すことができたのか。
  その秘密を本コラムでご紹介致します。

  また、住宅・不動産業界も同じく成熟期に突入しています。
  ぜひ自社の事業展開の参考材料として
  お読み頂ければ幸いです。


 ●任天堂の目的はお客様に喜んで頂くこと

  任天堂の岩田社長は、自らの事業を「娯楽産業」と捉えています。

  ※岩田社長は2002年に取締役社長に就任され
   「Wii」「ニンテンドーDS」の開発に一貫して関わられました。

  「ゲーム産業」でなく「娯楽産業」と事業を捉えたからこそ、
  “新たな技術”による最新ゲームをお客様に届けるのではなく、
  新たなゲーム体験により“お客様に喜んで頂くこと”を
  企業の目的と据えることが出来たのです。

  そして、お客様の喜びにフォーカスすることで、
  ゲーム離れしていた層(主婦やお年寄りなど)に受け入れられ、
  結果的にゲーム機やゲーム産業の
  イノベーションを起こすことにつながりました。

  では、どのように「お客様」にフォーカスしていったのか。
  その事例を2つご紹介します。


  事例の1つ目が、「ゲーム離れするお客様」へのフォーカスです。

  「マリオ」や「ゼルダ」などの人気シリーズの生みの親である宮本専務と
  岩田社長が、新しいゲーム機のコンセプト作りについて議論を交わしていた
  2002年当時、議論の入り口はこのように始まっていました。

  「何で人はゲーム機に触らないのか、何で人は逃げちゃうのかな」(※)

  ゲーム離れする「お客様の不満」や「ハードル」に焦点を当てて、
  新商品開発の議論を交わしていました。



  当時のゲーム機は、ボタンが何個も付いていて複雑であったり、
  ソフトにしても高度な技術を要するものが増えてきており、
  初心者とゲーム愛好者のギャップが広がっていたのです。

  そこでゲーム愛好者だけでなく、ゲーム離れしている人にも
  関係のあるテーマを選べば、ゲームの時間を無駄と考えてしまう人も
  興味を抱いてくれるのではないか…
  そのような方向で岩田社長と宮田専務の議論が収斂していきました。

  そこで生まれたのが、携帯型ゲーム機にタッチペンを使うという
  アイデアでした。

  1つの画面は直感的なインターフェースとして利用、
  もう1つの画面はメイン画面として使う。
  これであれば誰でも簡単に触れることができるし、
  ソフトの表現の幅も広がる。
  そうして生まれたのが、現在の「ニンテンドーDS」です。

  その後の「ニンテンドーDS」のヒットは、皆様のご周知の通りです。



  事例の2つ目は、「家庭の財布の紐を握るお母さん」へのフォーカスです。

  岩田社長は、携帯型ゲーム機ニンテンドーDS」の開発と平行して
  据え置き型ゲーム機の開発にも着手していました。

  据え置き型ゲーム機の開発においても
  「技術の進化をベースとする開発はもうやめよう」
  と幹部陣に伝えます。

  その代わりに示したのが、誰も経験したことのない
  まったく新たなアプローチでした。

  ゲーム機としての基本性能を向上させる技術は捨て、
  家族の機嫌をとるための技術は積極的に採用する、
  言わば「お母さん至上主義」の開発をやろうと言ったのです。

  子供がテレビゲームで遊んだ後、コントローラーが
  片付けられていないのを見て、お母さんが「きーっ」となっているとか
  家には既に複数のゲーム機があって、お母さんはもう1台もいらないとか、
  とにかくゲーム機は邪魔なものと思われていたのです。

  だから、家族の誰からも嫌われないようにしないと、
  ゲーム人口の拡大なんか不可能であるという想いが岩田社長にありました。

  お母さんは高性能なゲーム機に喜ばない。
  では、何を嫌い、何に喜ぶのか。

  「お母さんのご機嫌を起点とする発想」が、邪魔な線のないリモコン、
  省スペース・省電力・静音の機器本体を実現し、
  結果的に現在の「Wii」が出来上がりました。

  ハード機器はもちろんソフト面でも家族のご機嫌とりの発想が受け継がれ
  「健康・ダイエット」「スポーツ」などのコンテンツが生まれ、
  結果的に家族の団らんの場に受けいられていきました。


  この2つの事例から分かる通り、今までにない斬新な発想で
  顧客の心を掴むゲーム機を生み出せたのは、
  技術や商品にフォーカスしたからではなく、
  「お客様」の視点にフォーカスしたから可能となったのです。


 ●正しいと思うことを積み重ねること

  任天堂の「Wii」や「ニンテンドーDS」のヒットを
  ブルーオーシャン(競合のいない市場)に打って出たからだ、
  と評する声も多いですが、それはあくまで結果論に過ぎません。

  任天堂の経営陣やメンバーが、「今までにない斬新な商品」を
  作ろうと思っていたのではなく、プロセスとしては
  徹底的に「お客様」の視点にこだわったことが成功の鍵でした。

  実際に当時の岩田社長も、
  「今の成功を確信しているわけではなかった」(※)
  と語っていますし、
  むしろ、正しいことをしたら結果がついてきたと述べています。

  そして、その背景にあったのは自らの事業を「娯楽産業」と捉え、
  「お客様」に喜んで頂くことを企業の目的としていたことにあります。

  ゲーム離れしている「お客様」の不満や不安などの
  ハードルをどのように解除できるか。
  ゲームが嫌いなお母さんにもどうしたらゲームを楽しんでもらえるか。
  「お客様」の喜びを徹底的に追求していったのです。

  改めてお伝えすると当然のことのように聞こえますが、
  油断すると本来あるべき「お客様」の視点が抜けてしまうことも
  実際に多くの会社様で起こっている事実だと思います。

  新商品の開発や今までにない新しい取り組みに挑戦する際に、
  「お客様」の視点にフォーカスするという点を
  ぜひベンチマークしていただければ幸いです。

  (※出典:『任天堂“驚き”を生む方程式』
       日本経済新聞出版社 著者 井上理 )