マグロ船から学ぶボトムアップ型組織のコミュニケーション術

  ※ベンチマーキングとは、
   「他社の優れている点を学び、自社に活用する」
   という経営手法です。

   本コラムでは、高い業績をあげている企業の「ベストプラクティス」を探り、
   御社の企業経営・マネジメントに活用できる内容をお届けします。


 ●マグロ船から学ぶボトムアップ型組織のコミュニケーション術

  最近ではマグロ船における組織のマネジメント方法や
  コミュニケーション術に注目が集まっているのをご存じでしょうか。

  実際にマグロ船に乗ったビジネスマンが、そのマネジメント方法、
  コミュニケーション術、人生哲学などについて
  複数の書籍を出版し、TVや雑誌などでも取り上げられたり、
  講演や研修を行っています。

  今回のコラムでは、そのマグロ船におけるボトムアップ型組織の
  コミュニケーション術について取り上げます。

  マグロ船という組織において特徴的なのは、
  「今いる人」「今あるもの」で成果を出さなくてはいけないといことです。

  途中で優秀な人員を採用したり、実績の出ない人員に辞めてもらうことは
  海の上ではもちろん不可能です。

  つまり、一般企業よりも制限された状態で売上の最大化という
  成果創出を求められます。

  そのような状況下で毎年トップクラスの売上を誇る「日本一の船」の
  コミュニケーション術を皆様にご紹介します。

  「日本一の船」と呼ばれるマグロ船では、
  意外と船長のトップマネジメントで成り立っている訳ではありません。
  (私は頑強な船長の怒号でマネジメントが行われていると思っていました)

  実際には船員たちの意見を聞いて、みんなが決めたことを実行するという
  「縁の下の力持ち」的なリーダーシップを船長は発揮しています。

  その理由としては、
  「命令ばかりだと、船の雰囲気が悪くなる」
  「若い船員の方が、頭が固い自分(船長)より良い改善案を出せる」
  「自分が手取り足取り教える必要がなくなる」
  ということが挙げられます。

  では、その具体的なコミュニケーション術についてご説明していきます。


 ●ボトムアップ型組織で繰り広げられるコミュニケーション術

  「日本一の船」と言われる組織のコミュニケーション術について
  3つに絞ってご説明します。

  1つ目は、「指示・命令」だけでなく「相手に関心を持つ」ということについて。

  船長は若い船員とのコミュニケーションにおいて心がけていることが
  あります。

  それは、「相手に関心を持つ」ということ。

  船長の言葉でご説明すると…

  「結局、人は自分を好いてくれている人の言葉でねぇんと、
   まともに言うことを聞かねぇかのう。
   相手に関心を持たずに命令ばかりする奴は、
   相手を信じちょらん。
   内心、『こんバカはホントに仕事ができねぇ奴じゃのう』
   と思うちょるから命令ばかりになる。
   そいじゃき、指示・命令だけ、自分のことばかりしゃべる奴は
   嫌われるし、人も言うことを聞かん」(※)

  ということになります。

  改めて聞くと当然のように聞こえるかもしれませんが、
  成果を追求するリーダーほど、忙しい中で部下に関心を持つことの
  難しさはご理解いただけるでしょう。

  「絶対にプロジェクトを成功させなければ」
  「必ずや目標を達成すべし」
  という想いが強いほど、部下に対して
  「これをいついつまでにやっておいて」
  「なんでそんな簡単なことができないの?」
  と一方通行の指示・命令になりがちです。

  そのため成果を追求するリーダーほど
  普段の業務から「相手に関心を持つ」ということをぜひ意識してください。

  関心を持つと言っても難しいことではなく、
  家族の一員や親友に対して持つ関心と同じです。
「趣味は何なのか」
  「先週の休みはどこに遊びに行ったのか」
  「小さい頃はどんな職業に就きたかったのか」
  簡単に日常会話から始めていただければ大丈夫です。


  2つ目は、「教える」だけでなく「応援する」ということについて。

  船長が部下を教育する上で気をつけている点は
  「正しいことを教える」ことよりも、
  「応援してやろうと思う気持ち」です。

  その理由は、「正しいことを教えてやろう」と思っていると
  「なんで船員は自分の教え通りにやらないんだ」と
  自分の正しさや基準値とのギャップに苛立ち、
  部下との人間関係が徐々にギクシャクし始めるからです。

  そのため、常に正しい答えを教えるのではなく、
  相手の成功を応援する気持ちで、より良い段取り・手法・改善案を
  伝えてあげることを船長は心がけています。

  また、若手からの意見がくだらなく聞こえたとしても、
  「応援する気持ち」を意識し、どんどん発言してもらうようにしています。
  そうすることで若手から報告が上がってこない状況を防いでいるのです。

  特に船は「エンジンのちょっとした音の不調」が大惨事につながりかねません。
  組織のちょっとした不調和音が報告として上がってくるように
  若手のくだらなく聞こえる意見・報告をも尊重しています。

  自分の正しさ・基準値に満たない仕事や報告があった時に、
  正面から正しく教えるよりも、「この部下がもっと優秀になるために」
  と応援してあげる気持ちでぜひ指導に当たってみてください。

  そうすることで部下も、上司の教えを自分の成長のためと捉え始め、
  自主的・意欲的に改善に取り組んでいきます。


  3つ目は、「叱る」だけでなく「期待する」ということについて。

  上司であれば「叱る」ということは避けて通れませんが
  叱り方にも多種多様な方法があります。

  その方法の中で船長が心がけているのは「期待する」ということ。

  具体的なエピソードでご説明します。

  ある船員がマグロの代わりにサメを引き揚げてしまい、
  怪我をしそうになったことがあります。

  結果的に怪我はなかったのですが、船員の不注意で
  長靴を噛まれてしまい、あやうく足まで噛まれて引きちぎられかねない
  状況になりました。

  その状況に対して、船長はこのように激怒しました。

  「一体、何やっとっんじゃ!
   せっかくうまくさばけるようになったお前が
   ここで怪我しよったら、みんなが困りよろうが!
   こんバカ!」(※)

  この叱り方の中には、
  「お前はさばくのがうまい」
  「お前が欠けると戦力が欠ける」
  「お前はこの船でとても役立つ人財だ」
  という期待を同時に伝えています。

  実際にその船員はこのように叱られることで
  今まで以上に反省し、精度の高い仕事を心がけるようになりました。

  部下に対して叱る必要のある時は、叱る内容そのものだけでなく
  部下の期待も同時に伝えてあげることで、より相手の変化を促せる
  ことにつながります。


 ●成長企業はボトムアップ型組織への変化を求められる

  マグロ船における具体的なコミュニケーション術の
  ご紹介は以上になります。

  この事例を取り上げたのは、成長企業は遅かれ早かれ
  「ボトムアップ型組織への変化」を求められるからです。

  住宅不動産業界の成長企業においても、初期段階は
  社長の強力なリーダーシップによるトップマネジメントで
  成長するケースがほとんどです。

  社長の方が意識している、していないにかかわらず、
  トップである社長のマネジメントが組織について
  最も強い影響力を発揮します。

  しかし組織が成長を続ける中で、トップ一人が影響を与えられる
  社員人数にも限りが出てきます。

  そこで、成長する組織が次のステージに移るために
  幹部によるミドルマネジメント型組織や
  現場社員が率先的に行動するボトムアップ型組織への移行が求められます。

  そこでぶつかるのが、トップマネジメントの時とは全く異なる
  コミュニケーション・スタイルです。

  権限委譲や業務の標準化などの仕組みに関しては
  多くの企業が取り組まれますが、
  コミュニケーションの変化までには意識が向きません。

  トップマネジメントの時には一方通行の指示・命令だったとしても
  トップへの厚い信頼があり、よく知った間柄でのコミュニケーション
  のため、大きな障害にはなりません。

  しかし幹部や中間層が増え、新しい社員(特に若い社員)が
  増えることで、従来のトップマネジメント型のコミュニケ−ションでは
  社員が自分の期待通りに動かなくなります。

  このような背景から今回のマグロ船におけるボトムアップ型組織の
  コミュニケーション術をご紹介しました。

  ミドルマネジメント・ボトムアップ型組織への移行が求められている
  企業様は、是非マグロ船のコミュニケーション術について
  ベンチマークしていただければ幸いです。

  (※出展:『マグロ船仕事術〜日本一のマグロ船から学んだ!
            マネジメントとリーダーシップの極意〜』
       ダイヤモンド社 著者 齊籐正昭 )